上機嫌で何が悪い!ブログ「コルシア書店の仲間たち 須賀敦子 」

美しくはかないエッセイ。ミラノのサン・カルロ大聖堂の物置を間借りしたコルシア書店にまつわる人々の物語。「ごっこ」のような書店の活動が盛り上がり、やがてリーダーであるトゥロルド神父の影響で思想的に左傾化し、そして当局により立ち退きを命ぜられるまで、筆者が11年間暮らしたミラノの街並み、北イタリアの自然、そこでの思い出がしっとりと綴られている。

夫となるベッピーノとの暮らしを詳細に描くわけでもない。しかし、そこでの暮らしの幸福感が伝わる。夫を失った後もミラノに残り書店の最後を見届けることでその残渣のようなものまで味わうことができる。

日本に戻ってから筆者はどう振り返ったのだろう、幸せとも不幸せとも峻別しがたい甘酸っぱい、処理に困るような思い出をどう受け止めているのだろうか。誰にもある 当然僕にもある思い出、あの時一体何を感じて、何に充足していたのだろうか。

最後にダヴィデ・マリア・トゥロルド神父との思いでを綴った「銀の夜」の最後の一節。

”おそくなるから、そう言って、車をとめてあった教会のまえの広場に出ると、鐘楼にかかった、うそのような満月が皓々と照っていて、そこまで送ってくれたダヴィデ神の大きい影を、くっきり石畳に映しだしていた。ダヴィデの黒い法衣にも、月のひかりが反射していた。”