上機嫌で何が悪い!ブログ「硝子戸の中 夏目漱石」

永井荷風織田作之助が好きな僕が面白いと思える一冊。明治期の東京に住む筆者を通して江戸期の風俗が垣間見ることができる。「逝きし世の面影 渡辺京二」の世界のようでもあり、現代に生きる僕の日常におきる付き合いの世界のようでもある。

文豪夏目漱石のイメージとはまた違う、近所のおじさんとして身近にいれば普通におつきあいできるのにと思わせる。「こころ」「草枕」なんかの女々しいばかりの重畳的な文章に読みにくさを感じていたが、こんな人がかいているのか、と思うと”女々しい文学作品”であっても再読したくなる。筆者と読者の間を隔てる霧が少しばかり晴れるような思いがする。

しかし江戸の地名って、それだけで物語を感じるな~。

上機嫌で何が悪い!ブログ 「日の名残り」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

 いろいろと示唆に富んでいるように思えます。

 『夕方が一日で一番いい時間なんだ』と海のそばで夕陽を見ながら教えられます。60歳台の太った男がスティーブンスにいうセリフです。きっとそうなんでしょう、僕は退職後の第二の人生をすごく楽しみにしています。

 ダーリントン卿が死ぬ間際に自らの過ちを選んだのに対して、スティーブンスは『私は選ばずに信じたのです。私は卿の賢明な判断を信じたのです。私の意志で過ちを犯したとさえ言えません。』と告白します。信じるのか、疑い続けて迷い続けるのか。さて、後悔しない人生って、どうな人生でしょうね。

最後にスティーブンスはジョークを学ぼうと考えます。新しい主人がアメリカ人ということもあります。『人間どうしを温かさで結びつける鍵がジョークの中にあるとするなら、決して愚かしい行為とは言えますまい。』と考えます。僕も笑いこそが現代の共通言語である、とさえ思っています。

 カズオ・イシグロの本は読みやすいです。平易なことばで書かれているので、小説の中に入っていきやすいです。非常に面白いです。ブッカー賞受賞作です。

上機嫌で何が悪い!ブログ「アウトロー・オーシャン」(上)(下)イアン・アービナ著 黒木章人訳

 確実に僕の感覚の世界が広がった本、海ではこんなことがおきていたのか。

 筆者は「ニューヨークタイムズ」の記者で、この一連の取材でピュリッツァー賞受賞。ソマリアやタイの大臣に直接電話することができるほどの権力と人脈と資金力と技術力を駆使して、大海原での水産業運輸業の実態を暴き立ててゆく過程は、爽快感や疾走感もあると同時に、恐怖で何度もおぞけを震いました。

ほんとに僕は知らないで船舶免許で外洋に・・・、なんてロマンチックな夢をもっていたのですが命の危険は、海そのものにあるというよりは、海で稼ごうとする人間からもたらされるものだと知りました。

 韓国のサジョ・オヤン産業の章は、ほんとに胸が悪くなるくらい惨状です。フィリピン・タイ・バングラデシュそして海洋大国のインドネシア貧困層がどうやって海で働くようになったのか、海ではどのように魚を取っているのか、読めば読むほど恐ろしくなります。普段は意識していないけど、僕が今も「法」で守られていることが非常にありがたく思えます。

自分の枠が大きくひろがること間違いなしの一冊。非常に面白かったです。

 

上機嫌で何が悪い!ブログ「オーバーヒート」千葉雅也著

 言葉を使って思考する以上、言葉の選択が思考の精度を誘導することになります。この本は、その発端となる最初の言葉が、日常のちょっとした違和感のような感覚から発生している、その発生をよく描いています。その感覚を生み出す感性が非常に鋭いのです。

 例えば、われわれ関西人にはお馴染みの阪急電車「あんこ色」、この色は、意味や歴史を押し付けてきて「ウザい」となる。関西は「古くからの意味の系譜に勘が働かなければ現在もわからない。」となる。

 筆者は、言葉(ツイート)を「意味を味わうべき一皿の料理」と言います。そして、他の関西在住の常連客同士の会話について、「言う」言葉ではなく「する」言葉と表現します。「言う」言葉は、壁となって対象を見えにくくするが、「する」言葉は、「壁」ではなく、「ボールみたいなもの」と捉えます。この感覚は、関西に住む僕にとっては非常にわかりやすいです。友達同士の会話に言葉の意味なんて二の次というのは、よく陥る感覚で、リズムとタイミングが一番大事というのは昔から感じていました。

 でも、言葉が「壁」となって対象物が見えにくくなるってのは、もはやアディクトですね。

 筆者の健全さについて。LGBTは普通だ、という風潮に対しゲイを告白している筆者は、そんな風潮自体を批判する声は社会にとって必要だと、考えています。こんな文章です。「僕はそんな急展開は浅ましいと批判する人間が必要だと思った。」こういう所に僕は千葉先生(立命館大学の教授です。)の健全さを感じてなりません。この先生の思考を学んでも変な所に連れていかれないだろう、といった安心感を感じます。

 相変わらずぶっ飛んだ面白さです。特に性的表現の生々しさはえげつなく感じる一冊です。

上機嫌で何が悪い!ブログ「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

 ゲームオブスローンズの世界やん!これが第一印象です。騎士、ドラゴン、鬼、砦がいかに効率よく人を殺すことができるのか、そして民族間の対立。

 ブリトン人もサクソン人もともに同じ神(キリスト教)を信仰しながら根深くいがみ合っているのは不思議な感じがします。対立を覆い隠していたのは、悪しき存在として扱われていた雌竜クエリグの吐く息だったのです。複雑に入り組んだ構造でおもしろいです。

しかし、船頭のくだり、謎が深いです。最後二人は同じ島に辿り着いたのでしょうか、僕は辿り着いていないような気がします。アクセルは最終的に島には渡らなかったような気がします。大変気になる最終章です。ウィスタンがクエリグを殺さなかったほうがよかったのかも。

老騎士のガウィエン卿、勇敢な少年エドウィン、それぞれキャラクターが粒だっています。ファンタジー、面白い一作です。

 

上機嫌で何が悪い!ブログ「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

 やっと読むことができたカズオ・イシグロ。強烈なインパクトのある小説、文句なく面白いです。全体の構成や詳細も無理している感じはなく、世界に引きずりこまれます。小学校から高校まで系列学校で育った僕にとってヘールシャムでのキャシーのスクールライフはまるでわが事のよう。

冒頭から、介護とか提供とか保護官とか頻出、全体像がわからないままちょうど中間までくると、キーワード「臓器提供」がやっとでてきます。ここでミステリー?ホラー?小説か、と思い、怖くなって一旦本を置きましたが、気になってしかたありません。そして再度読み始めると、今度は最後まで一気に読了。

この小説の最後にマダムやエミリ先生が語ったことで初めて世界の全貌が明らかになります。キャシーの切実な思いとその運命に思いを馳せると、沈鬱な思いがします。

スケールの大きさと、細やかな個人の感情への迫り方が無理なく同居する素晴らしい小説、ブッカー賞受賞作。

上機嫌で何が悪い!ブログ ドストエフスキーとの59の旅 亀山郁夫

 偏愛、ドストエフスキーへの偏愛が感じられます。深読み、精神的外傷、偶然の出会い いろいろな角度から筆者はドストエフスキーの世界にはまり込みます。

 船曳健夫「旅する知 世紀をまたいで世界を訪ねる」に似ているかもしれません。知識が多い人間は、偶然の出会いに運や運命を感じておかしがったり、驚いたりします。その人生はきっと凡人より奥深く、色鮮やかなんでしょうね。

 「罪と罰」、かつて断念しました。もう一回挑戦してみようとおもいます。著者が導いてくれそう、今回こそ読めそうに思えます。「カラマーゾフの兄弟」、手に取ったこともありません。手に取ってみたいと思えました。読んだ先に亀山先生が笑って待ち受けていそうな気配があります。

そこには、ロシアのおどろおどろしい世界が待ち受けているでしょう。恐怖で、長くペテルブルグ、センナや広場に留まっているいることはできず、現実の世界に逃げ帰ってくるでしょう。でもその世界を歩きとおしたその向こうには、僕の幅を広げてくれそうな自信が待ってそうな気がします。

 しかし、読んでよかったと思える、非常に面白いエッセイです。