上機嫌で何が悪い!ブログ「ヴェネツィアの宿」須賀敦子著

 文体の美しさに不思議と惹かれる。何度読み返してもこれって、抒情詩だよな、と思える。過ぎ去ったむかしを慈しむように、懐かしく思い起こす時に、こんな文体が自然と湧き出てくるんだろうか?

 例えばこんな感じ。「昼下がり風がレモンの葉裏をゆっくり吹き抜けると、濃い緑のところどころが季節はずれの淡い黄色で染め抜かれた木立にかすかなざわめきが走る。見上げると光が乱反射して暗さを感じさせるほど青い7月の空の切れはしが、ちらちらと葉のあいだに揺れている。庭に面した隣家の窓からポンとぶどう酒の栓を抜く音が小さくひびいて、昼食のテーブルをかこんだ家族の会話がぱらぱらと聞こえてくる。」

 僕に絵心があれば、さっと水彩画の絵筆をはしらせるところだ。(僕は絵がとっても下手なのだ、それはきっとみたままをつかみ取る素直さに欠けているからではないだろうか。)

 筆者の昔を丁寧になぞるこの作品は、女性が年老いてもなお凛と胸を張って、微笑みながら暮らしているそんな風景がじわっと、心ににじみ出てくるそんな印象の一冊です。