上機嫌で何が悪い!ブログ「本は、これから」池澤夏樹編

「BOOK」を生業とする36人の著者のオムニバス形式の一冊

概ね著者達の論調は、一部の本は電子メディアにとって代わるものの、紙の本は依然として残るであろう、ということで一致しています。

そこに本の流通システムへの自己反省や、装丁業界からの反論、本にまつわる回顧、グーテンベルグ以来の紙の本の歴史的推移、スクロール(巻物)からコデックス(冊子体)への遷移、果ては聖書 iPadまでが取り上げられ、百家争鳴の観があります。

その中でとりわけ心に残った2編を。

一つは、桂川潤(装丁家)の「書物の身体性」に触れた一編です。テクストたちは紙やインクという「身体」(ここでは目に見え 手に触ることができるという意味)に受肉されるために装丁が必要となったというBOOKの本質を指摘されています。ちょうど私たち人間が身体をもっているがゆえに建築を必要とされていたということに相当します。電子書籍はテクストの身体性がなくなり、コンテンツだけとなり、まるで、日々の食事をサプリだけで済ませるような味気無さをか感じることなるでしょう。という内容です。

もう一つは内田樹(哲学者・武術家)の本を選ぶ行為について触れた一編です。図書館でも本屋でも「まるで引き寄せられるように」BOOKを選び取った経験は僕にもあります。その時、そのBOOKにオーラがあったのか、宿命的な出会いだったのか、という説明が読了後に「あとぢえ」として与えらますが、いずれにせよ見知らぬBOOKとの邂逅は人生に彩りを与えてくれるでしょう。という内容です。

どちらの編も紙のBOOKが持っている本質に肉薄しており非常に説得力があります。

僕はというと、人間は言葉に立脚して、頼って、包まれて生きているという認識を持っています。その言葉を読むことができるのであれば、電子デバイスであろうが紙のBOOKであろうが一向に差し支えない、と今は思っています。